『ひまわり』赤松元基役は奥田瑛二!

NHK朝ドラ「ひまわり」で、赤松元基役を演じるのは、奥田瑛二さんです。

こちらでは、ひまわりのキャスト・奥田瑛二さんに関する情報をまとめています。

  • 奥田瑛二さんが演じる赤松元基の役柄
  • 赤松元基のモデル
  • 奥田瑛二さんのプロフィール(名前・生年月日・星座・血液型・出身地)
  • 出演したドラマ・映画・舞台などの情報
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奥田瑛二演じる赤松元基の役柄は?

 

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ひまわりのキャスト・奥田瑛二演じる赤松元基は、弁護士です。

赤松元基のモデルは?

朝ドラ「ひまわり」のキャスト・奥田瑛二さん演じる赤松元基のモデルは、今のところ見当たりません。朝ドラ「ひまわり」のオリジナルキャラクターの可能性が高いです。

奥田瑛二さんのプロフィール

こちらでは、ひまわりのキャスト・奥田瑛二さんのプロフィールを紹介します。

名前奥田瑛二(おくだえいじ)血液型AB型
生年月日1950年3月18日身長175cm
星座うお座出身地愛知県東春日井郡高蔵寺町(現:春日井市)

赤松元基役を演じる奥田瑛二さんは、1950年3月18日生まれ、愛知県出身、ゼロ・ピクチャーズ所属の俳優、映画監督及び画家です。妻は法務大臣も務めた犬養健の妾の子で、内閣総理大臣を務めた立憲政友会の立役者であった犬養毅の孫にあたる安藤和津、長女は映画監督の安藤桃子、次女は女優の安藤サクラ、娘婿に俳優の柄本佑と、芸能人らしい一家の大黒柱です。

父親は春日井市の市会議員だったこともあり、かなりスパルタ教育を受けていたと言われています。厳しい躾の家庭環境の中、小学校5年生の時、映画「丹下左膳」の大友柳太郎をたまたま観て、これに感銘を受けたため、俳優を志します。その後、俳優にふさわしい体格になるために、中学で野球、高校でラグビーを経験します。しかし、俳優になることは父親から反対されており、上京する口実として、政治家である父親が納得しやすいウソとして、“政治家になるため”とウソをつき、大学に進学します。明治学院大学法学部に在籍時に演劇部に所属し、演劇を学ぶ一方、政治活動にも注力しています。例えば、父親の出した上京の条件であったとされる丹羽兵助自民党代議士の書生を務めます。この頃には、議員宿舎に住み込み、有権者にハガキを何万枚も出していたそうです。また、政治結社「21世紀を創る会」に参加しています。さらに、大学時代は、日テレの報道番組でアルバイトを担当しています。しかし、将来に悩み、大学を中退してしまいます。その後、改めて役者を志願し、高校の先輩でもあった俳優の天知茂に師事し、約2年、付き人を務めました。しかし、ここでも上手くいかず、夜逃げ同然であとをすると、生活のために、夜の仕事で食いつないでいきます。

俳優の夢をあきらめきれず、マネージャーの協力を得て、1976年に「円盤戦争バンキッド」の主人公を務めます。しかし、この出演の後も役に恵まれず、不遇の時代が長くなってしまいます。そのため、家賃が払えず、一時期はホームレス生活となるなど、貧困生活を余儀なくされてしまいます。

苦境が続く中でも、演劇活動を続けた結果、1979年の映画「もっとしなやかにもっとしたたかに」で初主演を掴みとったことがきっかけで大きく人生が変わっていきます。同作で、演劇の実力が認められ、続いて、映画「もう頬づえはつかない」に桃井かおりの相手役として出演します。以降、徐々に映画やドラマへの出演を増やしていき、1985年のドラマ「金曜日の妻たちへⅢ 恋におちて」、1986年の映画「海と毒薬」で、36歳にして初めて映画主演を掴み、毎日映画コンクール男優主演賞を受賞しています。さらに、同年のドラマ「男女7人夏物語」、1989年の映画「千利休、本覚坊遺文」で、日本アカデミー賞主演男優賞を受賞、1990年の映画「式部物語」、1992年の映画「ひかりごけ」と出演を重ねていきます。また、海外でも知られるようになっていったこともあり、1992年のカナダ映画「ピアニスト」で天才ピアニストに扮し、演奏場面も披露しています。

後に代表作となったのが、1994年の映画「棒の哀しみ」で、同作で主演を務め、キネマ旬報、ブルーリボン賞など、8つの主演男優賞を受賞します。役柄は、ヤクザ、アダルトビデオ会社社長、パチンコ屋社長など、アウトローな役柄が多かったこと影響し、特に女性ファンを多数獲得しています。そのため、「不倫してみたい俳優のNO1」に輝いてもいます。

また、42歳の時には映画監督にも挑戦しており、一旦挫折していますが、基礎から映画製作を学び直し、48歳で助監督を経験しています。50歳を迎え、2001年に「少女 an adolescent」の監督デビューも果たしています。さらに、2006年1月に松坂慶子さんを主役とした「るにん」を公開し、共に国内外で多数の賞を獲得しています。その後、3作目となる「長い散歩」は、奥田さんがどうしても仕事を一緒にしたかったという緒形拳さんを主役に抜擢します。これらが功を奏し、モントリオール世界映画祭で、日本映画として2作目となるグランプリを受賞しています。加えて、国際批評家連盟賞と、エキュメニック賞を同時受賞し、計3冠を獲得するという快挙を達成しています。

他出演作としては、ドラマでは、1972年「仇討ち愚連隊」、1973年「華麗なる貧困」、1977年「ムー」、1978年「スポーツケンちゃん」、1980年「ドラマ人間模様」、同年「しあわせ戦争」、1981年銀河テレビ小説「愛 信じたく候」、1982年「空白迷路」、1983年「宵待草」、同年の大河「徳川家康」、1984年「宮本武蔵」、1987年の大河「独眼竜政宗」、1988年「ザ・ドラマチックナイト/となりの女 危険な週末 危険な情事」、同年「海岸物語」、1989年「京都サスペンス」、1990年「抱きしめたい!90」、同年「月曜ドラマスペシャル」、1992年「藤子不二雄Aの笑ゥせぇるすまん 実写版 夢に追われる仕事」、1994年の大河「花の乱」、1996年の朝のNHK連続テレビ小説「ひまわり」、2001年の大河「北条時宗」、2007年の朝のNHK連続テレビ小説「どんどん晴れ」、2013年の大河「八重の桜」、2015年の大河「花燃ゆ」、2018年の朝のNHK連続テレビ小説「まんぷく」、2021年「女系家族」と、コンスタントに出演を果たしています。

また、映画では、1981年「スローなブギにしてくれ」、1983年「人生劇場」、1984年「海に降る雪」、1987年「ベッドタイムアイズ」、1993年「極道記者」、同年「眠らない街 新宿鮫」、同年「キャンプで逢いましょう」、1996年「きけ、わだつみの声」、1997年「身も心も」、1998年「プライド 運命の瞬間」、2001年「親分はイエス様」、2002年「新・雪国」、同年「夜を賭けて」、2003年「すてごろ」、2004年「かまち」、2005年「男たちの大和/YAMATO」、2007年「風の外側」、2008年「ヒョンジュ」、2009年「ちゃんと伝える」、2010年「カケラ」、同年「ロストクライム」、2012年「修羅の花道」、同年「るろうに剣心」、同年「ミロクローゼ」、2013年「つゆのよる ある愛に関わった、女たちの物語」、2015年「この国の宝」、同年「赤い玉」、同年「ベトナムの風に吹かれて」、2016年「64―ロクヨンー」、2018年「ニワトリ☆スター」、2019年「居眠り般若」、同年「Diner ダイナ―」、同年「洗骨」、2020年「10万分の1」、2021年「西成ゴローの四億円事件」、2020年「ニワトリ☆フェニックス」、同年「アキラとあきら」と、こちらも現在まで多数の出演を果たしています。

2022年には、日本発アジア最大級の国際短編映画祭「ショートショートフィルムフェスティバル&アジア2022」のジャパン部門、スマートフォンの映画作品部門の公式審査員に抜擢されています。今後はこのようにこれまでの経験を基に、多くの俳優さんのお手本としての活躍が期待されている珍しい人物です。

当時の年齢と現在の年齢は?

朝ドラ「ひまわり」が放送された1996年当時の奥田瑛二さんの年齢は、46才です。あれから26年経っていますので、奥田瑛二さんの現在の年齢は、72才(2022年現在)になります。

今何してる?

奥田瑛二さんは、現在も俳優女優業を続けています。直近の出演作品は、

彼氏彼女は?結婚してる?

奥田瑛二さんに、現在彼氏彼女がいるのか?結婚はしているのか?について調べたところ、

所属事務所は?

奥田瑛二さんの所属事務所は、ゼロ・ピクチュアズで、さんやさん、さんなどが在籍しています。

これまでの出演ドラマ・映画情報

こちらは、ひまわりのキャスト・奥田瑛二さんが、これまで出演したドラマや映画の情報です。

朝ドラ「ひまわり」のキャスト一覧

こちらは、朝ドラ「ひまわり」のキャスト一覧です。

朝ドラ「ひまわり」のキャスト(出演者)一覧
役名出演者モデル関係・役柄