【エール実話】藤堂が裕一に校歌を依頼する話は実話!?実は藤堂に将来悲劇が!

エールでは、藤堂清晴(森山直太朗)が、福島の小学校の校歌を作曲してほしいと、裕一にお願いしました。

恩師から元教え子に依頼した話は、実話でしょうか?

結論からいうと、古山裕一のモデルである古関裕而さんも、恩師の遠藤喜美治さんの依頼で、小学校の校歌を作曲しているので、エールの話は実話です。

しかも、校歌の作詞は遠藤喜美治さんが書いているのですが、現在その歌詞がとんでもないことになっています。

こちらでは実話を詳しく解説していますが、エールと実話の結果だけ知りたい方は、「まとめ▼」をご覧下さい。

エールと実話の比較まとめ≫

エール第11週『家族のうた』のあらすじ

こちらは、エール第11週『家族のうた』のあらすじの一部です。

ネタバレを含みますので、まだ視聴していない方はご注意ください。

ある日、藤堂先生から手紙が届きます。

手紙には、福島の小学校の校歌を作曲してほしいという内容でしたが、福島を捨てた自分が曲を作っていいものか悩みます。

すると、音から大恩師の依頼を断ると罰が当たると言われ、曲を作ることにしました。

一晩で曲を作り上げ、楽譜を藤堂に送ると、数日後に、作曲のお礼とともに校歌完成披露会の招待を伝える手紙が届いたのです。

裕一は悩んだ末に、家族全員で福島に帰ることにしました。

エールと実話の比較

【エール実話】藤堂が裕一に校歌を依頼する話は実話なのかのまとめ

さて、藤堂先生から小学校の校歌の作曲を依頼された裕一ですが、古関裕而さんの実話では、実際どうだったのか比較していきます。

実話の出所は、以下の書籍です。

小学校の校歌の作曲依頼は実話?

エールでは、藤堂が教師をしている小学校の校歌の作曲を裕一に依頼していましが、これは実話です。

藤堂先生のモデルは、古関裕而さんの恩師である遠藤喜美治さんで、遠藤喜美治さんも古関裕而さんに小学校の校歌の作曲を依頼しています。

さらに、遠藤喜美治さんご本人が作詞は担当しており、子弟の合作作品として完成させた作品でした。

歌詞は本物?

エールでは、妻と一緒に校歌を書き上げていました。

二階堂ふみさんが「信夫の山~」と歌っていた歌詞ですが、こちらは本当の歌詞ではありません。

こちらが遠藤喜美治さんが作詞した詞です。

五つの大字の むつまじく
力を協せ  展びて行く
郷に萌えたる 若草よ
抱く望の  大いなれ

信夫の山~」という言葉は含まれていませんので、エールで歌っていた歌詞は、創作されたものです。

依頼した学校は今も実在している!?

エールでは、藤堂が教師をしている『福島吾妻尋常小学校』の校歌を依頼しましたが、遠藤喜美治さんがお願いしたのは、自分の母校である『要田小学校』です。

要田小学校は、現在の福島県田村市立要田小学校のことで、今でも古関裕而さんの曲で歌われています。

曲はそのままで歌詞は変わった!?

『要田小学校』の校歌は、今でも古関裕而さんが作った曲のメロディーで歌われていますが、実は歌詞だけが違うものに変わっています!

本人もびっくりでしょうが、この事実は、田村氏教育ポータルサイトの田村市立要田小学校に関する記事『要田小の昔の校歌を知っていますか?』に詳細が書かれていました。

『評伝 古関裕而』の中でも「今尚、児童に<五つの大字のむつましく>と元気に歌われている。」と書かれているのですが、作者の菊池清麿氏もその事実は知らないかもしれません。

エールの藤堂先生が裕一に作曲依頼した話と実話の比較まとめ

ここまで、エールの内容と実話を比較して説明しました。

かなり実話に沿ったストーリーだったことが分かりますね。

今回のエールと実話の比較をまとめると、以下の通りです。

  • 古関裕而さんの恩師・遠藤喜美治さんから校歌の作曲依頼があったことは、本当
  • 音が歌った歌詞は、創作された歌詞
  • 作曲依頼した学校は、在任していた学校ではなく遠藤の母校・要田小学校
  • 要田小学校校歌の作詞は、遠藤喜美治さん本人
  • 要田小学校の現在の校歌は、作曲は古関裕而さんのままだが、詞は替えられていた

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