朝ドラ「エール」小山田耕三役は志村けん

NHK朝ドラ「エール」の小山田耕三()役は志村けんさんです。

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朝ドラ「エール」小山田耕三の役柄

 

小山田耕三のモデルは?

 

志村けんのプロフィール

 

志村けんはコロナウィルスによる肺炎を患い、2020年の3月29日に亡くなりました。

まだこれから日本には必要とされるコメディアンで、役者でした。

朝ドラへの出演も初めてで、俳優として今後活躍されることが期待されていただけに日本中が悲しみに暮れています。

志村けんのお父さんは小学校の先生で、とても厳しくあまり笑ったところを見たことがないという人物です。

幼い頃にバラエティー番組を視聴し笑っている父親を見て、衝撃を受けたと語っていたほどです。

厳しい父と優しい母、そして3人兄弟の末っ子として育ちました。

人を笑わせるのが好きで、中学生の頃から学校でコントを披露したりと大器の片鱗を見せています。

高校を卒業する前に、当時から人気のあったザ・ドリフターズのいかりや長介に弟子入りを志願に行きます。

寒い日でしたが夜中までいかりやが帰ってくるのを外で待ち、どうしても弟子になりたいという気持ちをぶつけました。

また後日連絡するからとその場は帰されます。

それからわずか数週間で突然電話があり、バンドボーイが辞めたからという理由で呼ばれました。

最初は付き人・見習いという立場でドリフターズに同行してお世話をするという仕事に励み、寝る間も惜しんで働いていたのが当時の様子です。

志村けんはお笑いや芸能に対してとても真摯に取り組んでいて、頭の中では自分が演者として舞台に立ったときにどのように振る舞うのかなどいつも考えていました。

付き人を継続しながら、お笑いコンビマックボンボンでデビューをします。

相方は同じく付き人の若手で、いきなり冠番組を持つほどの人気コンビとなりました。

しかし、長くは続かずまた見習いという立場に戻りました。

いかりや長介の家を訪ねた時といい、ドリフの正式メンバーになる時といい、志村けんはツキにも恵まれていたと言えます。

人気メンバーの荒井注が脱退するということで、当時毎週生放送をしていた全員集合に突然出られることになりました。

出演してからしばらくは、観客や視聴者からも違和感があったせいも手伝って場違いな感じで見られていきます。

しかし、そんな中でも努力や工夫を重ね、いかりや長介の指導もあり少しずつ人気を得ていきました。

それからは最年少メンバーとして人気者・加藤茶とツートップの位置付けを担い、大変な人気者になったことは多くの国民が知るところです。

全員集合が終わってからも加藤茶と2人で新番組を任され、とてつもない視聴率を叩き出します。

それからもコンスタントにバラエティー番組を続け、亡くなるまでコント番組は継続されていたという事実は驚きです。

バカ殿や変なおじさん・ひとみ婆さんといった人気キャラを次々と世に送り出し、老若男女を問わず受け入れられたことで日本のコメディアンとしてアイコン的なキャラクターが定着しました。

コントで見せる芝居には定評があり、俳優としてのオファーも絶えずありましたが、ほぼその全てを断っています。

ただ、1999年には映画鉄道員に出演をしました。

これは、憧れの俳優高倉健から直接頼まれて断れなかったからだと後に語っています。

酔っ払いの役で当初はセリフもないような予定でしたが、しっかりとした存在感を発揮したことでますます役者としての需要が増えたほどです。

それからも役者としての活動はなく時間が過ぎていきましたが、2020年には菅田将暉との共演で映画を撮る予定がありました。

どんな映画になるのか、映画関係者のみならず日本中が注目をしていましたが、結局は叶わないまま逝ってしまいます。

朝の連続ドラマにも出演が決定していて、既に収録もされていました。

収録された分は放送されるということで、ファンはみんな楽しみにしている状況です。

ドラマや映画に積極的に出演する姿勢が垣間見られた2020年で、今までとは違った活躍の仕方が見られると期待されていただけに、今回の訃報は残念で仕方がありません。